最終陳述でアルベルトは、自身のすべての行動と言動が平和的なものであったことを強調しました。「私は誰にも悪いことはしていません。むしろ、家族や見知らぬ人を問わず、周囲の人々に思いやりと愛を示すよう促していました。」
書き起こし:
尊敬する裁判所へ。過去半年は決して容易ではありませんでしたが、この困難の中で一人ではなかったことを大変うれしく思います。私の弁護人であるニコライ・セルゲーエヴィチには心から感謝しています。彼は逮捕直後から私の権利を守ってくれたため、ずっと拘置所に収容されることはありませんでした。法廷でも勇敢かつ的確に弁護してくださり、必要な場面で何をどう言うべきか、どう行動すべきかを助言してくださいました。
また、最愛の妻オレシアには言葉にできないほどの感謝を伝えたいです。彼女は私にとって常に変わらぬ友であり、支えです。また、全ての裁判に足を運んでくれた母にも心からの感謝を表します。母は私に霊的な関心を持たせてくれました。そして、この数カ月間、変わらず支えてくれた親しい友人たちにも感謝しています。愛情深く誠実な人々に囲まれていることを誇りに思います。そして、何よりも全能の神エホバに、力と支え、導き、平安、そして喜びをいただいたことを深く感謝します。
事件記録を見直し、起訴状を読んで、この裁判の唯一の理由は私が信仰者だからだと理解しています。はい、私は神を信じており、その名を呼び、聖書の教えに従って生きようと努力しています。しかし、それが悪いことでしょうか、犯罪でしょうか?
1990年代、私は普通の十代の青年でした。学校に通い、クラブ活動や運動に打ち込みながら世界を知っていきました。年齢を重ねるにつれ興味も変わり、喫煙や友人との飲酒、ディスコで遊ぶようになりました。もっと大人になると、娯楽もより危険になっていきました。友人の中には麻薬に手を出す者や、過剰摂取で亡くなった者もいました。性感染症になった人もいました。こうした現実を目の当たりにし、私は人生について真剣に考えるようになり、そんな時に聖書が人生に有益で理にかなった指針を与えてくれる本だと聞き、学び始めました。
私の信仰は根拠のないものではありません。軽率でも狂信でもありません。科学的・歴史的事実やさまざまな証拠を調べ学んだ結果に基づいています。簡単にいくつか印象的な事実を挙げます。地球は自転し、時速1670kmで動いています。これは旅客機の約2倍の速さです。地球は太陽の周りを時速10万7000kmで移動しています。これだけの速さなら1時間で地球を2.5周できます。私たちの太陽系とそこにある全ての惑星も時速79万2000kmで銀河の中心を回っています。これだと1秒でチェボクサルからウリヤノフスクまで移動できてしまいます。さらに銀河全体が時速200万kmで移動しています。全てがものすごい速度で動いているのに、秩序が保たれています。太陽系の天体や銀河同士はぶつかりません。なぜこんな秩序が保たれているのでしょうか。ただの偶然でしょうか?そんなことがありえるでしょうか?
都市の中心部にある活気ある交差点、例えばチェボクサルのレーニン通りとガガーリン通りの交差点を想像してみてください。毎日、何千台もの車が衝突せずにその場所を通過しています。なぜでしょうか?標識や信号など、都市の担当部署が設けた「ルール」によって交通が制御されているからです。交差点の秩序が偶然ではないのなら、宇宙の秩序も偶然ではありえません。これら全ては、創造者であり、全能の神がこの物質世界に物理法則を定め、秩序を保っておられる証拠です。聖書にはこうあります。「すべての家は誰かによって建てられますが、すべてを建てたのは神です」(ヘブライ人への手紙3:4)。この世界や人間そのものの緻密な構造は、神の存在を否定できない証拠です。
1687年、約300年前、アイザック・ニュートンは万有引力の法則を発表しました。彼は地球が軌道を保っているのは重力という「見えない力」のためだと説明しました。しかし聖書には今から約3500年前、「神は北の天を空間上に広げ 地を何もないものの上に掛けられた」(ヨブ記26:7)とすでに書かれていました。はるか昔の預言者がどうしてこの事実を知りえたのでしょうか。唯一考えられる説明は、その情報を記録したのは聖書の著者である全能の神エホバご自身だということです。神は太陽系をはじめ物質宇宙全体を創造されました。
科学的・歴史的事実と聖書の記述を比較し、他の証拠を調べ、聖書の助言の実効性を理解することで、私は神への信仰と、聖書が人類に与えられた重要な書物であるとの確信を持つに至りました。聖書は読むべき、学ぶべき、そして人生に生かすべき書物です。
聖書は人生の様々な分野―健康、結婚、仕事、家庭、人間関係―に助言を与えてくれる羅針盤となりました。その結果、私は変わっていきました。喫煙や過度な飲酒をやめ、悪い言葉遣いもやめました。正直さゆえに、私は信頼され、勤勉な従業員として認められるようになり、上司は私に大金を預けて …